北村先生講演―今後の盆栽について
講演2
いま日本全体の傾向として、狭い視野で一つの生活をひとつのものに没頭すると広い視野を持てない場合が多いものです。
私は六歳から盆栽を趣味としておりましたが、やっと八年か九年前に雑誌を出したのでやむを得ず自分の名前を出しただけで、以前は私の名前を出さずに、大仏次郎とか柴田錬三郎、遠藤周作、円地文子や井上靖、そういう人たちの名前で私の盆栽を国風展や三越展に出していました。
それは一つの詐欺行為ですが、多くの人に「枯淡風雅で生命力に満ちて美しい自然盆栽」を見ていただこう一人でも多くの人に盆栽を好きになってもらおうと思って出しました。枯淡風雅なものとは、種を蒔いて2・3年でもできる訳です、文人的なものもその中に入ると思います。
そういうものがみな見直されてきたという事ですね。
今から八年前東京新宿の伊勢丹というデパートで小品盆栽展を開く時、盆栽組合の幹部連中のところへ始めて「小品盆栽」の幹部を連れて挨拶に行ったんです。その時は剣もほろろだったんですね。
私は今まで行った事がなかったんです。それまでは皆私のところへ来るだけでしたが・・・。
デパート側も北村さんのいうことならという事で、日本で初めて盛大な「全国小品盆栽名品展」が開催できたのです。
それがたった三年のうちに、日本中の各デパートで、どんどんやりだしたんです。
日本人は面白い人種で、右が良いとなればみんなが「右ならえ」して右に行ってしまうということです。
日本人は殖え過ぎるし、若返る事がなく段々年を取って行くので、いろいろな調度品など、小振りになって来る。一つの流れですね。
専門家の話だと、何百年か何十年かわかりませんが周期で戻ってくるという事があるそうです。
小品盆栽だとか枯淡な文人盆栽だとか何か人間の動こうにも動けない物に向かっているのではないかそういう面から考えて見ますと、うまく説明できませんけれど。
戦前は、「盆栽を持てるような身分になってみたいな」というのが一つの憧れでした。
大正時代の女の人の話でも「盆栽を楽しむようなお嫁に行きたい」と言う話があったくらいでした。ところが戦後10年くらい立つ頃から、盆栽は卑しい人間がやるもの、木をいじめ、無理に捻じ曲げるような感覚になってきたんですね。
なんでも多く肥料をやり水をやって、うんと早く太くすれば高値で売れる、儲かるという考えが、八房ブームを作り黒松ブームを作ったんですね。
しかし人間というものは必ず飽きるものです。
まぁ流行も十年から十五年周期でやってくるものです。「今後の盆栽」ですが、まぁ私の考えでは、以前から申し上げていた様に皆さんが、雑木を馬鹿にしていましたけど、雑木というものは風土性に非常に敏感だし、一年中楽しめるものだと思います。
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ハサミを使わないで枝を調整する
なるべくハサミを使わないで、爪だけでやったほうが厭味のない盆栽ができます。
爪で折れないほどの太い枝は、葉を抜いて枯らします。
葉を抜いてもまた吹いてきますから何回も繰り返し、物によっては三年・四年がかりで枯らし、完全に枯れてから適当なところでポキンと折ると、幹の芯まで枯れ込むことがありません。
ちょっと待つ気持ちが大事で、盆栽作りにはハサミはいらないと言い聞かせなるべく手造りが良いでしょう。
自然盆栽協会「盆栽」より